「なあ、断ろう? 面倒だから断ろう、そうしよう」
「バロウ公爵家を敵に回したいのであれば、どうぞご随意に」
「……そっちの方が面倒くさい」
――バロウ公爵家の令嬢が、ウチに嫁いでくる当日。
俺の覚悟は、未だに決まっていなかった。
そりゃそうだ。
破滅する覚悟ってなんだよ?
最初から冷め切った夫婦生活を送る覚悟ってなんだよ?
面倒くさすぎるだろ。
ふざけてんのか?
俺の半年間の努力がマジで水の泡じゃねーかよ……。
「そう気を落されますな。これでバロウ公爵家と繋がりを持てれば、オードラン家はずっと安泰ですぞ?」
「アハハ、ソウデスネ……」
セーバスは知る由もないだろう。
その繋がりのせいで破滅するかもしれないだなんて。
悪夢だ……悪夢すぎる……。
「ちなみにセーバス、今から会う令嬢は一体なにをやらかしたんだ?」
バロウ家の悪役令嬢が、ファンタジー小説の中で悪行を働いていたことは思い出せた。
だが、具体的になにをしたのかまではまだ思い出せない。
なんだっけ?
なにしたんだっけ?
そんなにヤバいことしてたか?
「どうも領地の税を横領し、屋敷に若い男を連れ込んで淫靡にふけっていたらしいです」
「……マジ?」
「それに途方もない浪費家で、婚約相手だったベルトーリ家の資産にまで手を出していたとか」
「……うわぁ」
――引。
引くわそんなん。
完全にヤバい女じゃんか。
そりゃ天下のバロウ家も庇い切れなくなるワケだ。
公爵家の娘が遥か格下の男爵家に嫁ぐなど、体のいい厄介払いに他ならない。
これからそんな奴と一緒に過ごす羽目になるのか……。
先が思いやられる……。
――そんなことを思っている内に、いよいよバロウ家の馬車が屋敷の前に到着。
メイドたちをズラリと道沿いに並べ、俺は背筋を伸ばして出迎えの姿勢を取る。
そして――御者席の扉が開き、一人の女性が姿を現した。
長く綺麗な白銀の髪、
雪のように真っ白な肌、
氷を彷彿とさせる青い瞳、
貴族の令嬢らしく立ち振る舞いに気品があり、どこか冷徹さを感じさせる。
「う……わ……」
――綺麗だ。
最初に思ったのはそれだった。
俺の想像では、もっとギャーギャーと暴れて悪態を吐きまくる小娘が出てくるものと思っていた。
こっちを見るなり蹴りを入れてくる、そんなヤバい奴が。
しかし彼女に慌てたり怒ったりする様子は一切なく、むしろ寒気を感じるほどに落ち着き払っている。
「ごきげんよう、あなたがアルバン・オードラン男爵かしら?」
「あ、ああ。そうだ」
「私はレティシア・バロウ。今日からオードラン家でお世話になります。以後よろしく」
「よ、よろしく……」
「……なにかしら。私の顔に、なにか付いていて?」
「え? ああいや……なんていうか、綺麗だなと思って」
「……」
あ、しまった。
世辞だと思われたかな?
それとも、男爵のくせに生意気だと思ったのかも?
下の階級をバカにする連中なんて、世の中には山ほどいるからな。
……アルバン・オードランって人間も、元々そうだし。
「ようこそお越し下さりましたレティシア・バロウ様。私は執事のセーバスと申します。お見知りおきを」
「ええ、よろしくねセーバス」
「長旅でお疲れでしょう。すぐにお部屋へご案内致します。ええと、侍女の方は――」
「いないわ」
「は……?」
「ここへは私一人で来たの。いいから早く案内して頂戴」
レティシアは俺とセーバスの間を通り抜け、スタスタと屋敷の方へ歩いていく。
馬車も大きなスーツケースを一つ置いて、そのまま行ってしまった。
――俺とセーバスは顔を見合わせる。
仮にも公爵家のご令嬢が?
この扱いって?
マジ?
こりゃほとんど勘当だな……。
バロウ家は本気で彼女をいないものとして扱ってるって感じか?
可哀想に。
俺とセーバスはレティシアに付き添い、屋敷の中を案内する。
「こちらがレティシア様のお部屋でございます。後ほどご夕食にお呼び致しますので、まずはお寛ぎください」
「ありがとう」
彼女は一言だけ言うと、バタンと扉を閉めてしまった。
こちらと会話する気はあまりないらしい。
「「……」」
俺とセーバスは部屋の前から離れると、
「セーバス、どう思う?」
「とても綺麗な御仁でしたな」
「そういうことを聞いてるんじゃない」
「ハッハッハ、申し訳ありません。……一言で申し上げれば”奇妙”でしょうか」
「やっぱりそう思うか?」
「いくらなんでも聞いた話と違い過ぎます。あの立ち振る舞いは、とても悪行三昧の放蕩娘には見えません」
「だよな。彼女からは、むしろ聡明さすら感じられた」
「……なにやら裏がありそうですな」
「話が早いじゃないか、セーバス」
俺はニッと口の端を吊り上げる。
「彼女になにがあったのか探りを入れろ。ただし誰にも悟られるな」
「承知致しました」
「俺はできるだけ彼女から情報を引き出してみる。バロウ家の厄介事に巻き込まれるなんて面倒はゴメンだ」
「同感です。……しかし、よかったですな」
「あ? なにがだ?」
「私はてっきり、会話もままならない愚か者が来ると思っておりました」
「……俺もだよ」
「ですがレティシア嬢には気品がある。もしかすると、アルバン様の奥方に相応しいかもしれません」
「そうだと……嬉しいね」
相応しい、か。
怠惰な悪役貴族のアルバン・オードラン。
悪役令嬢のレティシア・バロウ。
ファンタジー小説の中では最悪の組み合わせだった。
いや、組み合わせとすら呼べないだろう。
仲めっちゃ悪かったし。
だが今の俺となら――どうか?
最高となるか、それとも……。
ま、ともかくまだ会ったばかり。
あれこれ話してみて判明する部分も多いだろう。
時間はあるんだ。
夫婦らしく、じっくり会話してみるさ。