「もっとも、着用者含め失敗作でしたがね」
ダンジョンの奥から、一人の男が姿を現す。
Dクラスの担任、ライモンド・クアドラだ。
彼を視界に捉えた途端、オリヴィアの目つきはより一層険しくなった。
「――! ライモンド……!」
「やはり、所詮凡夫は凡夫ですねぇ。”呪装具”の負の効果に数日と耐えられないとは」
やれやれ、とため息を漏らすライモンド。
えーっと……これはアレかな?
コイツが事件の黒幕だったってことでいいのかな?
まあ俺に言わせれば、どこの誰が真犯人だったとしても別に構わんけど。
でも――確かイヴァンが言ってたな。
教師になる前、魔法省で”禁忌”の実験に手を出してたとかなんとか。
結局、実験は続けてたってことか。
「あなた……やっぱり”呪装具”の実験を続けていたのね!? 生徒を被検体にするなんて、それでも教師なの!?」
「おやおや、酷い言い掛かりだ。私は”復讐がしたければ力をお貸しします”と名乗り出ただけなのに」
「っ! よくもぬけぬけと……!」
「やだなぁ、そんなに怒る必要ないでしょう? 相変わらず、そんな性格では男に嫌われますよ?」
――あ、お前その発言はアレだぞ。
世界中の女性を敵に回す発言だぞ。
コイツ絶対に異性から嫌われるタイプだな。
ノンデリだノンデリ。
サイテー。
「それに、彼の死は無駄ではありません。今回の失敗で、私は一つ確信を持てました」
「確信……?」
「ええ。どれだけ工夫を凝らそうとも、”呪装具”から負の効果をなくすことは不可能だと」
無惨な死体と化し、地面に横たわるミケなんとかを見つめてライモンドは言う。
「”呪装具”の効果は素晴らしい。このような凡夫でも、一度着ければ”混合魔法”すら容易に扱えるようになるのですから。もしデメリットを取り除いた物を作ることができれば、私は魔法の歴史に名を遺すことができる――そう思ってきました、これまでは」
「……今は違うとでも?」
「ええ。”呪装具”から負の効果をなくす……この考えでは決して上手くいかない。ですから負の効果を消すのではなく、”負の効果に耐え得る被検体”を探すことから始めるべきだと気付いたのですよ」
「なん――ですって――?」
「無能に力を与えるのではなく、強靭な精神力と魔力を持つ者を、より強力な個体へと昇華させる。こうするべきだったのです」
恍惚とした表情でライモンドは語る。
直後――その視線は、俺たちの中の一人へと向けられた。
「そして私は今、新たな確信を得ています。この新たな実験の被検体第一号となるべき逸材――それは”レティシア・バロウ”こそが相応しいと」
「…………え?」
――その名前を口に出された瞬間、俺はライモンドへと斬りかかっていた。
ほとんど脊髄反射の速度で。
考えるよりも速く、殺意を沸き立たせて。
しかし俺の放った刃は、ライモンドの周囲に張られた魔法防御壁によってギインッ!と弾かれてしまう。
「おやおや、アルバン・オードランくん。いきなり教師に斬りかかってくるなんて、素行不良が過ぎますよ?」
「レティシアの名を口にするな。殺す」
再び斬撃を繰り出し、魔法防御壁へ何度も何度も何度も刃を叩き込む。
だが、中々砕けない。
相当に強い魔力によって守られているらしい。
なるほど、腐っても元魔法省の人間、かつ現役の学園教師ってワケだ。
まあ、関係ないけど。
レティシアに害を成そうとする奴は、皆殺しだ。
「正直キミも捨てがたいのだが、些か凶暴過ぎる。それに彼女の潜在能力は素晴らしい。彼女にこそ、選ばれし者となるチャンスを与えるべきだ」
「うるせえ、さっさと死ね。――〔ボルカニック・ブレイド〕」
俺は炎属性の魔法を発動。
刃が燃え上がって超高温を発し、真っ赤に爆熱する。
「おお、これは凄まじい……」
あくまで余裕を崩さず、感嘆とした様子すら見せるライモンド。
俺は一切構わず、赤熱の刃を魔法防御壁へと突き込んだ。
バリィンッ!――と音を奏でて魔法防御壁が砕け散り、刃がライモンドの胴体へと突き刺さる。
普通であれば即死。
なのだが、
「……やはり惜しい。キミがもう少し大人しければ、チャンスをあげられたのに」
次の瞬間、ライモンドの身体がドロリと融解。
魔力の液体となった奴の身体は地面へと染み込み、俺の目の前から完全に消える。
おそらくはなにか特殊な魔法でも使っているのだろう。
『そんな攻撃では私を殺せませんよ。これでも私、天才ですから』
「どこに行った? 出てこい。殺してやる」
『キミに協力を仰ぐのは、またの機会にしましょう。今欲しいのは――』
「キミの方だ、レティシア・バロウ」
次の瞬間、レティシアの足元から液体が染み出して人型へと変貌。
ほんの瞬きするほどの間に、彼女の目の前でライモンドとなった。
あまりに一瞬の出来事。
しかも生理的嫌悪感を催す光景だったがために、レティシアを始めレオニールもオリヴィアも対応が遅れてしまう。
「ひっ……!?」
「大いなる力にご興味は? 私はあなたを非常に高く評価していますよ」
「ち、近寄らないで!」
レティシアは咄嗟に応戦しようとし、魔法を発動しようとする。
だがそれよりも早くライモンドが彼女の顔に手を近付けると、
「先生の誘いは素直に受けるものです」
「あ――……」
レティシアは瞬時に意識を失い、ガクッと脱力。
ライモンドにもたれかかる。
「んーん、被検体の確保完了ですね」
「貴様――ッ!」
「このっ、妹に触るな!」
傍にいたレオニールが剣を振るい、オリヴィアが魔法を発動しようとする。
俺も間合いを詰めようとするが、ライモンドは再び液状化してレティシアを包み込むと、トプンっと地面の中に潜ってしまった。
『目的は達したので、私はおいとまさせて頂きますよ。あなたたちの相手は、彼らにお任せします』
どこからともなく、姿を消したはずのライモンドの声がダンジョンに響き渡る。
そして次の瞬間には――俺たちの前にあの二人が現れた。
「フ……フフフ……!」
「クハハハ……!」
「!? キミたちは……Dクラスのエミリーヌとバス!」
その姿を見て驚愕するレオニール。
現れたのはDクラスの”王”であるバス・なんとかと、レティシアとの魔法対決で敗れたエミリーヌ・なんとかだった。
二人の目は明らかに血走っており――その首にはミケなんとかと同じ”呪装具”が下げられている。
こいつらを犠牲に、俺たちを足止めしようって魂胆か。
――ハハハ、笑えるな。
「よ、よくもあの時は、私たちをコケにしてくれたわね……! このネックレスがあれば、あんたたちなんてゴミクズ同然よ!」
「……」
「なんてこと……! 彼らまで”呪装具”の実験台にするなんて……!」
「オリヴィアさん、あのクソ――ライモンドの魔力を追えますか?」
「え? え、ええ、魔力の残滓は僅かに感じとれるわ。ダンジョンの奥へ向かったようだけど……」
「ああ、よかった。そんじゃさっさと追いましょう。レティシアが待ってる」
「あらあら、無視するつもり!? そんなの許さな――!」
「……ごちゃごちゃとうるせぇんだよ。俺は今――心底キレてんだ」