レティシアを攫ったライモンドは、気を失った彼女を抱えてダンジョンの奥を歩いていた。
そして最奥にある開けた空洞まで行き着くと、魔法で岩の台座を作り、その上にレティシアを横たわらせる。
すると、
「――”呪装具”の研究は順調なようでありますな、ライモンド先生」
声が聞こえた。
直後、岩陰となっている場所から道化師の仮面を付けた男が現れる。
――”串刺し公”だ。
「ああ、キミですか。いけませんねぇ、生徒が教師を尋ねる時はノックくらいしないと」
「それは失敬。ですが小生はそちらを支援している立場なのをお忘れなく」
「わかっていますとも。キミと彼女にはとても感謝しています。お陰で、私は”呪装具”の実験を続けられるのですから」
ライモンドは実に愉快そうに、レティシアの頬を指でなぞる。
「キミたちが協力してくれたお陰で、私はなんの憂いもなく研究を続けられる……。もはやバカバカしい教職ともおさらばです」
「それは結構。ですが……少々約束が違うのではありませんか?」
それは、ほんの僅かに苛立ったような声色だった。
普段から道化を装っている”串刺し公”らしからぬ声、とも言えるだろうか。
「小生たちは、”研究の支援を約束する代わりにレティシア・バロウを破滅させろ”と言ったのです。実験動物にしろとは言っていない」
「アッハッハ、どちらも同じですよ。ですがどうせなら、魔法史を発展させる贄となってもらった方が都合がいいでしょう?」
「小生らには関係ありませんな」
「やれやれ……やはり学生に学問の素晴らしさを説くのは骨が折れますね」
ライモンドは、懐から小さなネックレスを取り出す。
”呪装具”だ。
しかし、ミケラルドやエミリーヌたちが着けていた物とは雰囲気が違う。
宝石の色が酷く濁っており、遥かに禍々しい魔力が秘められている。
「それは……なんだか変わった”呪装具”でありますな」
「私の最新作ですよ。これまでの”負の効果をなくそうとした呪装具”とは真逆のコンセプトで作っています」
「ほう、つまり――」
「ええ。増強される魔力が従来の倍、代わりに受ける負の効果も従来の倍ということです。それと、ちょっと細工も施してありまして」
ニヤリと笑って彼は言うと――そのネックレスを、レティシアの首に取り付ける。
「これでいい。さあ、起きてください」
「う……ん……」
――レティシアの目がゆっくりと開く。
その瞳は、ライモンドを捉えた。
「私が誰だかわかりますね? 立ちなさい」
「はい………」
光の宿らない虚ろな瞳のまま、彼女はライモンドの言う通りに動く。
まるで操り人形のように。
「よろしい。以後私の言うことをよく聞くように」
「はい……わかりました……」
「これは……”催眠魔法”でありますか? ここまで見事に精神操作が出来ているのは初めて見ました」
「犬を飼い慣らすのに時間を費やす趣味はありませんので。ともかく実験の第一段階はひとまず完了。次は――」
ライモンドが言いかけた時、彼目掛けて炎の魔球が飛んでしてくる。
それは放たれた弓矢のような豪速だったが、ライモンドの魔法防御壁に弾かれてしまう。
「……やれやれ、あの子たちは時間稼ぎもできませんでしたか」
「――レティシアを、返せ」
ライモンドたちの下へ現れた、悪鬼の如き形相の男。
言うまでもなく、憤怒に心を染め上げたアルバン・オードランその人であった。
「しかし丁度いい。次の段階をテストしたかったところです」
▲ ▲ ▲
……ああ、逃げる気はないってか。
そりゃ助かるよ。
ダンジョンから出られたら、一気に探すのが難しくなってたとこだからさ。
にしても……レティシアの様子が変だな。
それに、首から下げてるアレ――
悔しいが”呪装具”を着けさせるのは阻止できなかったか。
俺の大事な嫁に下品な物を着けさせやがって。
許さない。
殺してやる。
「オードラン男爵! ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「ハァ……ハァ……! 一人で先に行かないでよ……!」
ほんの少し遅れて、レオニールとオリヴィアがやって来る。
二人はレティシアの方を見ると、すぐに”呪装具”を着けていることに気付く。
「……! オードラン男爵、彼女の首にあるネックレス……」
「ああ、”呪装具”だろうな。しかもエミリーヌたちのとは違う物らしい。どうも様子が変だ」
レティシアの目に生気がない。
茫然と立ち尽くし、まるで糸で釣られた人形のようだ。
だが――そんな状態でもハッキリとわかる。
彼女から、禍々しい魔力が止めどなく溢れ出ているのが。
昼間にエミリーヌと戦っていた時とは比べ物にならない。
まるで別人だ。
その凄まじいまでの魔力に、俺ですら気圧されてしまう。
「くっ……! ライモンド、あなたよくも妹に”呪装具”を……ッ!」
「いい格好でしょう? さあレティシア・バロウ、命令です。彼らにあなたの力を見せ付けて差し上げなさい」
「はい……」
レティシアは言われるがまま、ゆっくりと腕を掲げ――
「――〔ブリザード・サンクチュアリ〕」