《オリヴィア・バロウ視点》
「ほんっと信じられない……! 一体どういうつもりなの……!?」
私はバロウ公爵家の屋敷――つまり自分の家の廊下を、小走りで進む。
酷く苛立ち、カツッカツッ!というハイヒール特有の甲高い足音を鳴り響かせながら。
そして、とある一室の前で立ち止まった。
「お父様、失礼しますわ!」
コンコンと二度ノックし、返事が返ってくるよりも早く扉を開ける。
押し入るように入った部屋の中には――私と同じ白銀の髪を持つ、壮齢な紳士の姿。
「……入室を許可した覚えはないぞ、オリヴィア」
彼は執務机に座り、こちらを一瞥することもなく仕事を続ける。
――ウィレーム・バロウ。
バロウ公爵家現当主であり、私とレティシアの父親だ。
「今は執務中だ。話なら後にしろ」
「いいえ、今お話をさせて頂きます! 妹の……レティシアのことについて!」
机をバン!と両手で叩き、私は父ウィレームに向かって話し始める。
「あの子とオードラン男爵家の関係を解消し、リュドアン侯爵家と婚約を結んだそうですね!」
「ああ、オードラン男爵家には既に手紙を送ってある。それに婚約相手のヨシュア・リュドアンも快く承諾してくれた。なにも問題はなかろう?」
「っ! よくもそんな身勝手なことを……!」
どうせオードラン男爵家はバロウ公爵家の言うことを聞くしかない――そうわかっている上での、傲慢極まりない行為。
本当に、虫唾が走るわ……!
「身勝手ではない。これはバロウ家の当主として下した厳正なる判断だ」
冷たい声で父は言うと、初めてペンを動かす手を止める。
「……近頃、お前の妹は目立ち過ぎている。あの男爵の下で大人しくしていればいいものを……」
そして眉一つ動かさず、ようやくこちらの目を見た。
「だが――マウロに婚約破棄された頃より醜聞が減ったのは望ましい。当人が大人しくできないのであれば、せめてバロウ家の役に立ってもらう」
「ふんっ……どこまでも娘を政略の道具としか見ていないんですのね。レティシアの気持ちなんてお構いなしですか……!」
「〝最低最悪の男爵〟と一緒にいるよりはマシではないかね?」
「アルバン・オードラン男爵は、決して〝最低最悪の男爵〟などではありません! 一度くらい彼と会って――ッ!」
「この話は終わりだ。すぐに部屋から出て行きなさい」
▲ ▲ ▲
「キミの噂はかねがね聞いている。つい先日に起きた事件の顛末もね。本当に大変だっただろうに」
ヨシュアはレティシアの目を見つめ、実に穏やかな口調で話す。
凛としたその姿は誇り高く見え、貴族というより騎士のような雰囲気さえある。
そんなヨシュアに対してレティシアは流石に狼狽し、
「いや、あの……」
「正直、こうして直接会うまでは不安だったんだ。〝レティシア・バロウ〟という名には、どうしても悪評が付きまとうからね。だが……その心配は払拭された」
ヨシュアは口元に微笑を浮かべ、レティシアへゆっくりと手を伸ばす。
「キミは美しく、なにより気品がある。僕の妻にできて、本当に嬉しく思――」
ミシッ
「俺の妻に…………触るな」
彼女に届くその前に、俺はヨシュアの腕を掴んで押し留めた。
思い切り力を込めて。
なんならへし折るつもりで。
そうして初めて、奴は俺に視線を向けた。
まるで畜生を見るような視線を。
「……恐縮だが、手を放してもらえるかな? それと、彼女はもうキミの妻ではない」
グッと腕に力を入れ、俺の握力に対抗してくるヨシュア。
意外なことに、その腕から伝わってくる筋力は相当なモノだった。
普段からティーカップしか持たないような腑抜けた貴族共とは、決定的に違う。
コイツは――武人だ。
しかもかなりの手練れだろう。
だが、今はそんなの関係ない。
「バロウ家とウチが関係を解消したなんて知らないね。デタラメを言うな」
「じきに知ることになるさ。それとも……僕よりキミの方が、バロウ家公爵令嬢である彼女の夫に相応しいとでも?」
「ああ、俺がレティシアを世界で一番幸せにできる。いや、幸せにする」
「〝最低最悪の男爵〟である、キミが?」
「お前なんぞになにがわかる」
「オ、オードラン男爵、少し落ち着け……!」
イヴァンが慌てて俺の肩を掴み、一触即発の事態を治めようとする。
落ち着く?
冗談じゃねーぞ。
俺とレティシアの仲を引き裂こうとするなら、相手が誰でどんな階級の人間だろうと、全て敵だ。
いっそこの場で――
「……ヨシュア侯爵。悪いけれど、私はアルバンと別れるつもりはないわ」
いよいよ刃傷沙汰になろうかという寸前、レティシアの口が重そうに開く。
「なに?」
「私が彼に何度も救われているのは事実よ。それに彼が心から私を愛してくれていることは、他ならぬ私自身が一番よく知っている。当然、〝最低最悪の男爵〟なんかじゃないことも」
「……」
「あと、バロウ公爵家とリュドアン侯爵家が縁を結んだことも確認を取りたいわ。今日のところは、一旦お引き取り願えないかしら」
レティシアにそう言われ、ヨシュアはなにを思ったか俺と彼女を交互に見やる。
そしてしばし考える様子を見せると――パッと腕の力を抜き、半歩ほどレティシアから遠ざかった。
それを見て、俺も掴んでいた奴の腕を放す。
「わかった、いいだろう。僕としても、婚約者となるキミの前で無粋な真似はしたくない」
ヨシュアは一応レティシアの気持ちを汲んだらしく、大人しくクラスから出て行こうとする。
しかし扉の前で立ち止まり、
「……だが、こちらにも面子というものがある。それに僕はキミが気に入ってしまった。この話――必ず決着をつけさせてもらうよ」
そう言い残し、教室を後にした。
直後、イヴァンはホッと胸を撫でおろす。
「やれやれ……まったく、一時はどうなるかと……。キミたちも少しは止めに入ろうとしたらどうなんだ!?」
「んなこと言ったって、嫁さん絡みでオードラン男爵を止めるなんて土台無理ってことくらい、お前もよく知ってるだろーが」
「わ、私はお止めしたかったですけど、怖くて……!」
やる気なさそうに答えるとマティアスと、いつも通り怯えるシャノア。
ま、止められたって止まるつもりはないが。
俺はレティシアと一緒にいられるなら、なんだってするつもりだし。
……にしても、また随分と急な話だな。
本当にバロウ家がレティシアの新しい婚約相手を決めたってのか?
でも俺はなにも聞かされてないし、セーバスに確認を取ってみるか……。
場合によっては――バロウ家を――
などと思っていると、
「……なあ、オードラン男爵」
ずっと大人しかったレオニールが、声をかけてくる。
「ん? なんだレオ?」
「あのヨシュアとかいう貴族……オレが殺してこようか?」
「は――?」
レオニールはヨシュアが去って行った扉の方を見つめ、ぼうっとした顔で言った。
笑うでも怒るでもなく、ほとんど無表情の顔で。
「……いい。アイツは俺が自分の手でどうにかする。っていうか、変な冗談やめろよな。レオらしくもない」
「いや、冗談って――――ううん、オードラン男爵がそう言うなら、それに従おう。オレは〝騎士〟だからね」
ようやく普段通りのにこやかな笑顔を作ってみせるレオニール。
……なんだろう。
やっぱりレオって、なんか変わったか?
雰囲気というか、気配というか……。
そこはかとない不安を覚える俺だったが――彼の傍でため息を漏らすレティシアを見て、目の前の問題に意識が戻った。
「ハァ……どうしたものかしら……。とにかく、まずはオリヴィア姉さんに相談してみましょうか……」
Fクラスが大いに揺れ始めていた、まさにそんな時――
「……あれれ~?♪ もしかしてこれって、千載一遇の大チャーンス!だったりして★」
教室の中で、ラキは一人ニヤリとほくそ笑む。
「う~ん、でもなぁ……ウチはどうするべきだろう? ねえ、アルくん♡」
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