「――クッッッソ上等ですわ! やってやろうじゃありませんかバカヤロウコノヤロウッ!」
グシャアッ!
エステルが拳を振り下ろし、机を真っ二つに叩き割る。
相変わらずスゲー馬鹿力だなぁ。
手とか痛くないのか?
ほらもうシャノアとかドン引きしてるぞ?
レティシアに至っては頭を抱えてるし。
「そこまでオードラン男爵とレティシア夫人を引き裂きたいと抜かすなら、このエステル・アップルバリが〝おしばき〟をご馳走して差し上げましてよッ!」
「エステル、少し落ち着きなさい……」
「これが落ち着いていられますか! 人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて地獄に落ちる! この世界の筋ってモンですわ!」
「……許さない」
エステルに続き、カーラも様子がおかしくなり始める。
「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許許許許許許許許許許許許許許許許許許絶許絶許絶許絶許絶許絶許絶許絶許絶許絶許絶許……絶対に許さない」
「カァー!」
「……アル×レティ至上主義者として……断固認められない……。二人の愛は、白無垢に包まれた純情神話として、世界の希望として、未来永劫語り継がれねばならない……」
「カカァー!」
「……『アル×レティを見守る壁になり隊』会員ナンバー00の名において……なんとしてでも守り抜いてみせる……!」
なんか宗教過激派みたいなこと言い始めたぞコイツ。
ダークネスアサシン丸もカーカーうるせぇしさ……。
っていうか『アル×レティを見守る壁になり隊』ってなんだよ?
知らぬ間に妙な組織を作るんじゃねーよ。
――ヨシュアとの会談を経た翌日、俺とレティシアはFクラスの皆に事の経緯を説明。
曰く、〝中間試験の結果でレティシアの命運が決まる〟と。
それを聞くや否や、今のようにエステルとカーラは大激怒。
ヨシュアのあからさまな挑発行為だと認識したんだろうな。
あと純粋に略奪婚が許せないと。
その怒りは俺も同じだが。
レティシアは深いため息を吐き、
「ハァ……カーラまで……」
「で、でも、お二人の言う通りだと思います……!」
「シャノア……?」
「わ、私も、オードラン男爵からレティシア夫人を奪い取るなんて、許せません……! 中間試験、頑張って勝ちましょう……!」
「そーそー、ヨシュアなんてコテンパンにしちゃおーよ♣」
机に頬杖を突き、微妙に不機嫌そうに賛同するラキ。
コイツが俺たちの離縁を喜ばないなんて意外だが――
「そういや聞いたぞラキ。お前、独断でヨシュアに会いに行ったんだってな」
「知らなーい♠ ウチ、アイツのこと嫌い」
ラキはプイッとそっぽを向く。
どうやら特段隠すつもりもないらしい。
っていうか会ってないなら、なんで嫌いって言えるんだよ。
会って話してみたけどウマが合いませんでした、って言ってるようなモンだろ。
レティシアもラキを見つめ、
「……彼、言ってたわよ。〝一度オードラン男爵とちゃんと話をしてみろ〟と言われたって」
「……」
「あなたの一言がなければ、ヨシュアはアルバンと会うことすらなかったでしょう。経緯はどうあれ、お礼を言うわ。ありがとうラキ」
「や、やめてよ……ウチはそんなつもりだったんじゃないし……」
気まずそうに口ごもるラキ。
どうやらレティシアは、ラキが秘密裏にヨシュアとコンタクトを取っていたことは怒っていないらしい。
場合によっちゃ明確な裏切りだが、レティシアが許すなら俺も許そう。
それにラキのお陰でヨシュアとの会談が成立したのは事実だしな。
結果よければ~ってワケじゃないが、今回は不問にしよう。
俺たちがそんな会話をしている中、マティアスは遠い目で女子たちのことを見守る。
「おーおー、女子組は盛り上がってんねぇ」
「そういうキミはどうなんだ? 乗り気じゃないように見えるが?」
傍にいたイヴァンに言われ、マティアスは肩をすくめる。
「いーや、これでも結構乗り気だぜ? ヨシュアの奴に舐められたままじゃあ、クラスの沽券にかかわるからな」
「僕も同じ気持ちだ。それにどの道、試験では他クラスと競い合うことになるんだ。本気で挑まねばならないだろう」
「お前も素直じゃないねぇ。あの二人が別れるところなんざ見たくないって、ハッキリそう言えばどうよ?」
「僕は十分素直に言っている」
フン、と鼻を鳴らしつつイヴァンは眼鏡を動かし、
「しかし中間試験か……。まだ試験内容も発表されてないのにその結果次第とは、強気というべきか公明正大というべきか……」
「――関係ないさ」
「! レオニール……?」
「試験内容なんて関係ない。オレたちは必ず勝つ。〝王〟たるオードラン男爵のために。そうだろう?」
「あ、ああ……そうだな」
レオニールの眼力、そして全身から放たれる覇気にやや気圧される様子のイヴァン。
レオの奴、ライモンドの一件以降は以前にも増して剣術の鍛錬にのめり込んでいるみたいだ。
頼りになる……のは間違いないんだが、見てて怖いんだよなぁ。
しかも近頃は、俺を見る目もなんとなく変わってきたような気もするし……。
一体どうしちゃったんだよ?
一応主人公だろお前?
なんて内心で不安がる俺を余所に、エステルがグワッと拳を掲げる。
「ぅおっしゃあ! クラスの想いも一致団結したようですし、ここらで一発気合をぶっ込みますわよ! えい、えい、〝応〟ッ!!」
「おうっ!」
威勢よく鬨の声を上げるエステルと、ノリノリで応えるレオニール。
他のメンバーも「お、おお~」と気圧されつつ腕を掲げた。
……ま、いいか。
Fクラス十人が揃って士気を上げてくれるのはありがたい。
中間試験はどんな形になるにせよ、クラス対クラスの総力戦になるはずだからな。
皆には張り切ってもらわんと。
俺とレティシアの夫婦生活のために。
……ん?
あれ、そういえば……
「なあレティシア、俺たちなにか忘れてる気がしないか?」
「あら、なにかって?」
「いや、なんとなく……なにか……というか誰か欠けているような……」
――その時だった。
バアン!と教室の扉が勢いよく開く。
「ワハハ、心配かけたなぁ皆! このローエン・ステラジアン、この通り傷も癒えて完全復活だ!」
そして満面の笑みで入って来るローエン。
そんな彼の顔を見た時、
「「「……あっ」」」
Fクラスの全員が、思い出したかのように同じ顔をする。
――この後、色々あり過ぎたせいでクラス全員から完璧に存在を忘れられていたことを知ったローエンは、一人漢泣きをするのだった。