《イヴァン・スコティッシュ視点》
ゴ――ン!
ズガ―――ン!
ドガ――――ン!!!
――遠くから聞こえてくる、けたたましい戦闘音。
それと同時にダンジョンが何度も揺れ、天井からパラパラと塵が落ちてくる。
……この騒音のほとんどは、エステルが鳴らしているのだろうな。
というかダンジョンを揺らすほどアグレッシブな戦い方ができるのなんて、オードラン男爵を除けば彼女くらいだ。
やれやれ……少し静かに戦うということができないのかな、あの怪力令嬢は。
「……なぁ、イヴァンよぉ」
隣で長柄槍を肩に担ぐマティアスが、退屈そうに尋ねてくる。
――僕とマティアスは、古代集落跡エリアへと繋がる三つ目の迂回路を守っている。
残り二つの迂回路は既に戦闘が始まっているらしく、こちらもいつ敵が来てもいいように武器を手にしている。
「なんだ?」
「俺たちのとこには、一体いつ獲物がくるのかねぇ」
「さあな。とにかく警戒を緩めるな」
「……へへ」
「? なんだ、なにが可笑しい?」
「いやね、お前さんがレティシア嬢の作戦に全く異を唱えなかったのは意外だなってよ」
「フン……それだけ彼女の作戦が優れていただけだ」
「確かにな。でもそれだけじゃないだろ?」
「……」
「俺はさ、オードラン男爵とレティシア嬢の二人がすっかり好きになったよ。あの夫婦はなんか憎めないし、やっぱ二人一緒にいてほしいって思えるんだよな」
気が抜けたような微笑を浮かべて、槍を肩から離す。
「お前だってそうなんじゃねーか? だから〝レティシア嬢の理想の勝ち方〟に賛成した、だろ?」
「……別に、勝てるならなんでもいいだけさ」
「素直じゃないねぇお前さんは。そういうところがホーント可愛いよなぁ」
「か、可愛いってなんだ! 貴様、僕を馬鹿にしているのか!?」
ケラケラと笑うマティアス。
こ、こいつ、絶対に僕のことを舐めてるな……!
この中間試験が終わったら覚えておけよ!
――なんて思ったのも束の間、
「「――ッ!」」
僕とマティアスは気配を察知し、武器を構える。
……遠くから聞こえる足音。
数は、おそらく三人。
そして足音の主たちは、すぐに僕らの前に姿を現した。
「――あれ? あれあれぇ? 二人しかいないじゃん」
「ンだよ! ヨシュアの奴ぁここが一番守りが固いって言ってたのによぉ!」
「ヒ、ヒヒヒ……だけど好都合……!」
現れたのは男子二人、女子一人の三人組。
二本の短剣を持った、背の低い赤髪の男子。
巨大な鉄球付きの鎖を持った、背の高いスキンヘッドの男子。
魔法用の杖を持った、前髪で目元を隠した女子。
……ラキが言っていたな、〝Cクラスにはいつも一緒に行動する三人組がいる〟と。
赤髪の男子がチェルアーノ・ヤニック。
スキンヘッドの男子がギャレック・ドルトリー。
目元を隠した女子がフィアンカ・ルフレイ。
――という名前だったはず。
一人一人は大したことはないが、三人で連携を取られると厄介だとか。
赤髪のチェルアーノは短剣をクルクルと回し、
「なーんだ、てっきり四人くらいで守ってると思ってたのに」
つまらなそうにため息を漏らす。
――そう思うのも当然だろう。
僕たちが守っている場所は三つある迂回路の中で最も道が広く、多人数で攻め込まれれば抜かれる可能性が高い。
だからこそ守りを厳重に、防衛人数を置いていると思うのはごく自然だ。
「しかも……守ってるのが雑魚じゃあねぇ。こんなのつまんないよ」
「ほう、僕たちが雑魚だと? 随分知ったような口を利くな」
僕が言い返すとチェルアーノはククッと笑い、
「ああ、知ってるとも。キミたちって、以前オードラン男爵と戦って手も足も出なかったんだってね?」
「しかも三対一で負けたんだろぉ? 寄ってたかって返り討ちにあうなんざ、雑魚以外のなんでもねぇよなぁ!」
「ヒヒヒ……しかも今は二人だけなんて……楽勝……!」
明らかに馬鹿にした様子で三人は言う。
……まあ、それは事実だ。
クラスの〝王〟を決める際に、僕・マティアス・ローエンはオードラン男爵たった一人に完全に打ち負かされた。
文字通り、全く歯が立たない状態で。
オードラン男爵にとって、間違いなく僕らは雑魚だったのだ。
今更、否定も反論できない。
「ああ、そうだそうだ。それとキミがイヴァン・スコティッシュだよね?元スコティッシュ公爵家跡取りの」
「――!」
「風の噂で聞いたよ? Fクラスの〝王〟になれなかったせいで、スコティッシュ公爵家跡取りの座を弟に取られたんだってね? それって本当なの?」
「……」
……ほう、一体どこで聞いたのやら。
まったく嫌になってしまうな。
今なら悪評に困るオードラン男爵の気持ちがよくわかるよ。
「ああ、本当だ」
「! おいイヴァン、お前……!」
「マティアス、今は黙っていてくれ」
――Fクラスの皆は、この事実をまだ知らない。
知らせる必要はないし、知ろうと思わなくてもいずれ知ることになるだろうからな。
時間の問題ではあった。
僕が肯定してやると、Cクラスの三人はゲラゲラと笑い転げる。
「アッハハハハ! あの〝最低最悪の男爵〟に負けて跡取りの地位を失うとか、恥ずかしくないの!? ねえ!」
「なっさけねぇよなぁ! 俺なら恥ずかしくて自害しちまうよぉ!」
「ヒ、ヒヒヒヒ……! 貴族失格……!」
言いたい放題な三人組。
そんな彼らを見てマティアスは「チッ!」と舌打ちし、激しく苛立った顔をする。
「おい、手前ら……!」
「待て、マティアス」
――憤るマティアスを制止し、僕は片手剣を持ったまま数歩ほど前へ出る。
「……笑いたければ笑うがいいさ。僕がスコティッシュ公爵家から見放されたのは事実だからな。だが――」
「ん?」
「キミたちは二つ思い違いをしている。まず一つ、僕はオードラン男爵に敗れて彼の配下になったことを恥とは思っていない。彼の才を知れば、むしろ必然だったとすら思っているよ」
口元に微笑を浮かべ、僅かに片手剣を揺らす。
「そして二つ、オードラン男爵にとって僕が雑魚なのは間違いないが――」
――フッと地面を蹴る。
軽やかに、まるで飛ぶように。
次の瞬間――僕はチェルアーノの喉元に片手剣の切っ先を突き付けた。
「…………え?」
「だからといって、キミたちにとっても雑魚だとは限らない」
――目にも留まらなかった、という顔をしているな。
僕がほんの一瞬で間合いを詰めたことに、まるで気付けなかった――といった感じだ。
「う……そ……」
「オードラン男爵の速さは、こんなものではなかったぞ?」
口元の微笑を消し、冷たい眼差しでチェルアーノに言い放つ。
これが実戦なら首が飛んでいるし、なんならこのまま突き刺して死亡判定にしてやってもよかったのだが……それでは僕の気が収まらない。
僕は彼の喉元から片手剣を引くと、仕切り直すように彼らから間合いを離す。
「確かに僕らはオードラン男爵に負けた。だが手も足も出なかったのは昔の話だ」
「「「……っ!」」」
「マティアス」
「ああ」
マティアスもニヤリと笑い、長柄槍を構えて僕の隣に立つ。
――レティシア嬢がこの道に僕らを配置したのは、ちゃんと理由がある。
彼女はわかっているのだ。
イヴァン・スコティッシュとマティアス・ウルフの、〝今〟の実力を。
「あの日彼に負けてから、僕らがどれだけ特訓して、一体どれだけ強くなったのか……見せてやろうじゃないか」
僕は決めた。
マティアスも同じ気持ちらしい。
この三人に――あの時の僕らと同じ敗北を味わってもらおう、と。