《イヴァン・スコティッシュ視点》
「な、舐めやがって……!」
チェルアーノはギリッと歯軋りし、怒りと焦りが綯い交ぜになった顔で得物を構える。
他の二人も同様だ。
ああ……あの時の僕らもこんな顔をしていたのだろうな。
やはり今ならオードラン男爵の気持ちがよくわかる。
この三人の誰一人として、彼とは比較にならない。
まるで――〝虫けら〟にしか見えないよ。
「どうした? 武器に〝恐怖〟が滲み出ているぞ?」
僕は不敵な笑みを浮かべ、ワザとらしく彼らを煽った。
「黙れ! やるぞお前ら!」
「おう! 俺たちをコケにしたこと、後悔させてやらぁ!」
「ヒ、ヒヒヒ……!」
一斉に襲い掛かってくる三人組。
その動きは確かに連携が取れており、一見すると鮮やかな動作だ。
だが――鈍すぎる。
「くたばれオラァ!」
ギャレックが鎖を振り回し、思い鉄球を切り振り下ろしてくる。
当たればタダでは済まないが、そんな大振りが当たるワケもない。
僕とマティアスが軽く回避すると、
「ヒヒヒ――〔ダミー・ファントム〕!」
フィアンカが魔法を発動。
直後、ギャレックの背後から二人のチェルアーノが現れた。
「「アハハ! 本物はどっちかなぁ!」」
――成程、〝幻術魔法〟の一種だな。
確かに一目見ただけでは、どちらが本物か見分けがつかない。
そしてどうやら、チェルアーノの狙いは僕の方らしい。
本物か分身か判別できないのは厄介ではあるが――
「――〔アクア・ウィップ〕」
そんなもの、両方始末してしまえばいいだけだ。
僕は片手剣を振るい、蛇腹のようにうねる水の刃を長く引き伸ばす。
そして大蛇を操るかの如く水流の斬撃を放ち、二人のチェルアーノを同時に斬り裂く。
ズタズタになった二つの身体だったが、そのどちらも霧散。
「残念! 分身が一つだけなんて言ってないよ!」
いつの間にか死角へ入り込んでいた本物のチェルアーノが、背後から斬りかかってくる。
ふむ、悪くない戦い方だ。
厄介だと評されるだけはある。
だが……避けるまでもない。
「アハハ! これで一匹――めッ!?」
勢いよく間合いへ入って来たチェルアーノだったが、突如ガクッと体勢を崩す。
まるで大蛇に足を搦め捕られたかのように。
〔アクア・ウィップ〕で伸ばした水流の刃が、彼の足に巻き付いたのだ。
僕はパウラ先生やFクラスの皆との特訓の末、これくらいには自在に水流を操れるようになっていた。
感覚としては、剣の中に蛇でも飼っているイメージだろうか。
やろうとさえ思えば攻防共に全自動で制御できる。
まあ、これだけ出来てもオードラン男爵には到底敵わないがね。
「クソッ、なんだこれ……!?」
「こんなモノで驚かないでくれたまえよ。まだ彼に華を持たせてないのでね」
「そういうこと」
――チェルアーノに向かって長柄槍を突き込もうとするマティアス。
チェルアーノの足はまだ水流で搦め取られており、この攻撃は確実に避けられない。
「お――おいギャレック!」
「わかってらぁ!」
今度はマティアスの背後にギャレックが迫る。
「うりゃああああ!」
大きく振り被られる鉄球。
だがマティアスは振り向くこともなく、
「――〔エアリアル・ブレイド〕」
風属性の魔法を発動。
長柄槍の後部石突が風刃をまとい、射出杭が放たれるように一気に伸びる。
「ぐ――お――!」
しかしギリギリのところで回避されてしまい、ギャレックの頬をかすめていく風刃の杭。
「ヘ、ヘヘ、残念だったな――!」
「おっと、死神はまだ笑ってるぜ?」
「は――?」
次の瞬間、長く伸びた風刃の杭が〝風刃の大鎌〟へと変貌。
魔力を操作し、〔エアリアル・ブレイド〕の形状を変化させたのだ。
「ひっ――!?」
大鎌は首を落とすようにビュン!と引かれるが、身を屈めたギャレックはすんでのところで回避。
すぐに頭を上げるものの、
「あ、れ……? アイツ、どこに――」
その時には、マティアスの姿はギャレックの眼前から消失していた。
だが呆気に取られたのも束の間、
「俺なら上だよ、ウスノロ野郎」
ギャレックの頭上から声が響く。
大鎌を引いた直後、マティアスは軽やかにギャレックの頭上へと跳躍。
彼は空中でクルリと回転し――ギャレックの背中を思い切り蹴りを入れた。
「ぐほおッ!?」
「ちょっ……!」
ギャレックはチェルアーノのところまで吹っ飛び、二人は激突。
僕たちの前でなんとも無様な姿を晒す。
「い、痛てて……なにすんだよこの木偶の坊!」
「う、うるせぇ! テメェが仕留め損なったのが悪いんだろうが!」
「ふ、二人共なにしてるの……! 早くやっつけちゃってよ……!」
遂に仲間割れまで始める三人組。
やれやれ、見苦しいことだ。
「チ、チクショウチクショウ! ここからだ! ここから本気を出すぞ!」
ギャレックを退かしたチェルアーノが、怒りで顔を真っ赤にしつつ言い放つ。
それを聞いたマティアスは「へえ?」と鼻で笑い、
「だとさ相棒」
「いいんじゃないか。こちらもウォーミングアップが終わったところだ」
僕は眼鏡をクイッと動かし、その隣でマティアスは首をコキッと鳴らす。
――きっとあの三人の目には、今の僕らが化物にでも見えていることだろう。
あの時のオードラン男爵が、僕らの目にそう映ったように。
「フィアンカ、〝とっておき〟だ! アレやるぞッ!」
「う、うん、了解……!」
チェルアーノの指示を受けたフィアンカは、大量の魔力を杖へと込める。
「ム、ムムム――〔ダミー・ファントム〕!」
彼女はさっきと同じ〝幻術魔法〟を発動。
しかも今度はチェルアーノとギャレックがそれぞれ二人ずつに分身。
余計に判別がし難くなる。
「――〔ディープ・ミスト〕ッ!」
重ねてフィアンカが魔法を発動。
周囲一帯に濃霧が立ち込め、一気に視界が効かなくなる。
しまいには、僕とマティアスもほとんど互いの姿を視認できないほどになった。
「さあさあ、この濃霧の中で一斉に攻めるよ! どれが本物で誰が狙われるか――キミたちに対処できるかなぁ!?」
「今度こそ……ぶっ殺してやらぁ!」
濃霧の中へと飛び込んでくる足音。
次の瞬間から、濃霧の中で武器と武器が噛み合う金属音が鳴り響く。
それは数分ほど続いたが――すぐになにも聞こえなくなり、濃霧は静寂に包まれた。
「ヒ、ヒヒヒ……終わったみたいね……!」
静かになった濃霧を見て、フィアンカはハァハァと息を切らしつつ笑みを浮かべる。
消費の激しい魔法を連続で発動し、もう魔力がほとんど残っていないようだ。
だから〝とっておき〟だったのだろう。
「あ、案外呆気なかった……やっぱり負け犬は所詮負け犬……!」
チェルアーノたちの勝利を確信するフィアンカは魔法を解除。
濃霧が消失し、再び視界がクリアになる。
――刹那、
「負け犬が――なんだって?」
片手剣と長柄槍が、フィアンカの首へとあてがわれた。
勿論――それら武器の持ち主は僕とマティアスだ。
「フ…………ヒェ…………?」
フィアンカは声にならない声を上げ、硬直する。
次に彼女が見たモノは、死亡判定となって地面に倒れるチェルアーノとギャレックの姿。
「チェ、チェルアーノ……ギャレック……!? な、ななななんで……!」
「雑魚が二人から四人に増えたとこで、俺たちなら目を瞑ってでも始末できる――そういうこった」
「そうだな。全て倒せばいいだけだ」
「ば……ばばば、化物だぁ……!」
「その台詞はオードラン男爵にでも言ってあげてくれ。彼の方が正真正銘の怪物だからな。……さて」
僕は片手剣をチャキッと動かし、
「降参するか、まだ戦うか……好きな方を選びたまえ」
フィアンカに問うた。
すると彼女はヘナヘナと腰を抜かし、
「………………こ、降参、しましゅ……」
敗北を認める。
――この直後、ダンジョン全体にパウラ先生の声が響き渡り、チェルアーノ・ギャレック・フィアンカの三人組の死亡判定を伝える。
レティシア嬢の作戦通り、戦いの局面が動いた瞬間であった。