「死いいいいいいいいぃぃぃねええええええええぇぇぇッッッ!!!」
悪鬼の如く目を血走らせ、ペローニに吶喊するカーラ。
許せなかった。
断固として許せなかった。
自分の推しが、
自分の書いた作品が、
なにより自分が本当に〝好き〟と言えるコンテンツが、まるで汚物のように蔑ろにされたのが。
ペローニが口にした言葉は、カーラにとって宣戦布告と同義であった。
ならば後はシンプル。
全面戦争あるのみ。
殺すか殺されるか。
滅ぼすか滅ぼされるか。
乙女コンテンツを愛する陰の者として、奴だけは生かしておけない。
アルバンくんとレティシアちゃんの幸せ……。
そして自分の書いた作品を愛してくれる、同じ陰の世界に生きる者たち……。
その全ての夢と希望を背負って、この悪しき陽の者を、討つッ!
――と決意を固め、ペローニ絶対殺すウーマンと化したカーラ。
あまりにも鬼気迫る彼女の様子にペローニにもたじろぎ、
「あーもう! ――〔クアンタム・ステルス〕!」
すかさず魔法を発動。
刹那――まるで空気に溶け込むかのように、カーラの目の前からペローニが姿を消した。
「! 消えた……!? どこへ……!?」
カーラの足が止まる。
唐突にペローニを見失ってしまい、その姿を探すが、周囲に人影はまるでない。
どこへ行った……?とカーラが周囲を見渡していると、
『えいっ』
コツン、と小石がカーラの頭に当たる。
小石は軽く、それ自体は全くダメージにならない程度ではあったが――カーラはなんだか激しくムカついた。
『やーいバーカバーカ! アンタみたいにヤババな陰キャとなんて、戦ってらんないもんね!』
「……〝不可視〟の魔法……か」
『正解~! どーよ、アタシの魔法ってば超密偵らしいっしょ!』
身体を透明にし、相手から己を見えなくする魔法。
密偵の家系に生まれたペローニが最も得意とする魔法であり、彼女が潜入や単独行動を得意とすると言われる所以でもある。
当然衣服も透明になるし、彼女の身体に触れていればある程度の大きさの物まで透明にできる。
古代集落跡エリアに設置された旗くらいであれば、透明にしたまま持ち帰ることも可能だろう。
『じゃーね! このまま旗を奪って、おさらばいび~!』
徐々に声がカーラの付近から離れていく。
だが足音はしない。
ペローニは完全に足音を消す術を会得していた。
「させない……」
「カァー!」
ダークネスアサシン丸がバッと翼を広げ、上空へと羽ばたいていく。
「カァー! カァー!」
「――〔影分身・乱鴉〕」
カーラが魔法を発動。
刹那――ダークネスアサシン丸が分裂し、大量のカラスが上空に出現した。
何百、いや、もしかしたら何千羽という数かもしれない。
上空を覆い尽くし、ダンジョンの天井が見えなくなるほど大軍。
バサバサッという羽が空を切る音、
カァカァという甲高い鳴き声、
それがまるで大合唱曲のように重なり合い、古代集落跡エリア全域に木霊する。
「……ダークネスアサシン丸……あの子を探して……」
カーラが命じる。
直後、上空を飛び回っていたカラスたちが一斉に降下。
古代集落跡エリアの道という道を埋め尽くすように飛び回り、廃墟の中にまで入って行く。
その光景は、まるでカラスの洪水が街に流れ込んでいくかのようだ。
『『『カァー! カァー!』』』
すると複数のカラスたちが、なにもない道の真ん中で〝見えない何か〟にぶつかる。
『『『カァー!』』』
『うひょわ!? な、なに!? 痛だだだ! や、やめろってば!』
カラスたちは〝見えない何か〟をすぐに取り囲み、鋭いクチバシで啄みはじめる。
まるで「ここにいたぞ!」と主に伝えるように。
「……そこか」
瞬時に移動するカーラ。
スチャッと苦無を構え、
「……死ね」
投擲。
おそらく頭部があるであろう場所を目掛けて。
『あっぶッ!!!』
ペローニは透明な頭を下げ、ギリギリで回避に成功。
だが相変わらずカラスたちに囲まれたままだ。
『っんの……舐めんなっつーの! ――〔ホーリー・フラッシュ〕!』
事態を打開すべく、ペローニは光属性の魔法を発動。
透明な彼女の手のひらから強烈な閃光が放たれ、カーラや周囲のカラスたちは目眩ましを食らう。
「! しまっ……!」
『『『カァーッ!?』』』
閃光を受けるや、カラスの大軍が一瞬にして消える。
さらにダークネスアサシン丸が地面の上にポテッと落下。
仰向けになって転がり、失神してしまった。
――カラスは非常に優れた〝目〟を持つ。
その視力は人間の数倍とも言われ、何キロも先にある小さな物体を見逃さない程だが――それ故に弱点ともなる。
良すぎる目に強烈な閃光を浴びたダークネスアサシン丸は、意識を失ってしまったのだ。
加えて賢いカラスは密偵の道具としてもよく用いられる。
故に、ペローニは弱点のことを把握していた。
「カァ~……」
「ダークネスアサシン丸……!」
『ふーんだ! ざまぁみろ、このクソカラス!』
タッタッタッと一瞬足音がしたかと思うと、カーラの傍からペローニの気配が消える。
今度こそ逃走したらしい。
――透明化した身体に、〝ダークネスアサシン丸の羽根〟が一枚引っかかっていることにも気付かないまま。
「……」
ペローニを見失ったカーラは、失神した相棒をそっと抱き上げる。
「ダークネスアサシン丸……お疲れ様……。後は私たちに任せて……」
「カァ~……」
「――〔影潜り・黒羽根渡〕」
彼女は闇属性の魔法を発動する。
同時に、まるで水の中に沈んでいくように自らの〝影〟の中へと身体が落ちてゆく。
最後には完全に姿が消失し、その場から消え去った。
▲ ▲ ▲
『ハァ、ハァ……や、やぁっと旗を見つけた……』
カーラの下から逃げたペローニは、どうにか旗がある場所まで辿り着いていた。
古代集落跡エリアの中を〝不可視〟の魔法を発動させたまま、尚且つ足音を殺して移動した彼女はだいぶヘロヘロ。
だが周囲にカーラの姿はなく、旗は完全に無防備。
これを持って帰れば、もうCクラスの勝利だ。
『どちゃくそ疲れたぁ……。で、でもやっぱりペローニちゃんしか勝たん!ってな!』
透明な姿のまま、彼女は旗へと手を伸ばす。
『にしし、Fクラスにはさっさと無様な負けを晒してもろて~――』
だが――ペローニが旗を握ろうとした時、いつの間にか引っかかっていた一枚の黒羽根が、ヒラリと落ちる。
その黒羽根は地面へと落ちた瞬間、ドロリと溶けた。
『へ――?』
溶解した黒羽根は漆黒の水溜まりとなり、ゴポゴポと滑り気のある音を立てながらどんどん大きくなっていく。
そして丁度、人間一人分くらいの大きさになった時――漆黒の水溜まりの中から、カーラが飛び出てきた。
「我が怨敵……許すまじ……!」
『ぎょえええええええええッッッ!?』
驚きのあまり絶叫するペローニ。
そんな彼女に苦無を振り被って襲い掛かるカーラ。
ダークネスアサシン丸の羽根を媒介とし、影から影へと潜るように移動する〔影潜り・黒羽根渡〕。
音もなく相手に急接近する、まさに暗殺者のための魔法だが……今のカーラが使うとホラーでしかない。
今の一瞬の光景だけで、ペローニは既にトラウマになりそうだった。
「ひ、ひいぃッ!」
恐怖のあまり思わず〝不可視〟の魔法を解除し、半泣きで短刀を抜き取る。
キインッ!と噛み合う苦無と短刀。
両者はそのまま鍔迫り合いの状態となる。
「あーもう、キモいキモい! さっさと旗取らせろっつの、この陰キャ女ッ!」
「させない……。私は……陰の者の……夢と希望を守る……!」
カーラは絶対に退けなかった。
退くワケにはいかなかった。
ダークネスアサシン丸の無念を晴らすために――
アルバンとレティシアの夫婦生活を守るために――
自らが執筆する『アル×レティ 甘イチャな二人の幸せ結婚学生生活』シリーズを終わらせないために――
そして、壁となって推しを見守る同志たちの、純真たる夢と希望を守るために――。
カーラは本気で戦っていた。
己が信ずる正義のために。
両目を血走らせながら。
もっとも――旗の前でペローニを足止めできた時点で、勝利を確信してもいたが。
「フ、フン……別にいいし! また〔クアンタム・ステルス〕を使えば、どうせアンタだけじゃ見つけられないんだから……!」
「……いいえ……旗の前で隙を見せた時点で……あなたは負けているの……」
そう言うと――マスクで口元を覆われたカーラの顔が、初めてニタリと笑う。
「……後ろの正面……だぁ~れ……?」
「は――?」
ソロリ、ソロリ、
「――――えいッ!!!」
ゴツンッ!と鈍い音を立てて、ペローニの後頭部が強打される。
何者かが角材で殴り付けたのだ。
それも思いっ切り、全力で。
「みぎゅっ!?」
脳天に痛烈な一撃を受けたペローニはその場に倒れ、身動きが取れなくなる。
死亡判定となったのだ。
「ご、ごめんなさい、痛かったですか……!? 痛かったですよね……! わ、私も殴られたことがあるので、よくわかります……!」
ペローニにトドメを刺した人物――それはシャノア・グレインだった。
彼女はレティシアの立てた作戦の下、カーラと共に旗を守る〝切り札〟の役目を任されていたのである。
「……シャノアちゃん……グッジョブ……。今のは……いい一撃だった……」
グッと親指を立て、シャノアの健闘を称えるカーラ。
「こ、これでよかったんですよね……? うぅ、人を殴るのは抵抗あります……」
「完璧……この子が〝旗を守ってるのは私しかいない〟と信じ込んだ……理想のタイミングだった……」
〝最後の最後まで身を潜め、旗の前で相手が油断した瞬間を狙う〟
これはカーラとシャノアが事前に打ち合わせた作戦だった。
それが上手くいったワケであるが、ここまで見事に決まったのはカーラにとっても少し驚きであった。
「シャノアちゃん……暗殺者のセンスある……。卒業後、一緒にどう……?」
「い、いいいいいえ! 結構です! 私は家業を継ぐので!」
「そう……残念……」
「と、ところで、あの、その……」
なにか言い難そうにモジモジとするシャノア。
彼女は頬を赤らめつつ、
「さ、作戦も上手くいきましたし……」
「うん……『アル×レティ 甘イチャな二人の幸せ結婚学生生活』シリーズの新作……シャノアちゃんに……最初に読ませてあげるね……」
「はい……ありがとうございましゅ……」
顔から湯気を出しながら、シャノアは俯く。
――この後「できれば先生のサインもください……」と彼女がお願いしたのは、二人だけの秘密だ。