「オードラン男爵……!」
ウィレーム公爵は俺の顔を見て、〝串刺し公〟と同じく驚いた顔をする。
まさか俺が救助に現れるなんて、思ってもみなかったんだろうな。
「ウィレーム公爵……いや、義父さんと呼ぶべきですかね? 申し訳ないですけど、ご挨拶はこの後ゆっくり――」
「ッ――!」
こちらの台詞を遮って、〝串刺し公〟は数枚の鋭利なトランプを投擲してくる。
相変わらず奇怪な戦い方をするよなぁ、コイツは。
「人様のご挨拶を遮るとは、いい度胸だな」
俺は苦も無く剣でトランプを弾き、〝串刺し公〟に肉薄。
剣とトランプとの鍔迫り合いに持ち込む。
「言っとくが、逃げられるなんて思うなよ? 今日こそお前をとっ捕まえて、これまでの恨みを晴らさせてもらう」
「ク、ククク……! 本当の本当にしつこいお方だ……!」
〝串刺し公〟の仮面の奥から、恐怖と怯えが滲み出るのを感じる。
そんなに俺が怖いか?
そんなに俺が恐ろしいか?
あぁ、ならよかったよ。
怖くない悪役なんて、格好がつかないからな。
俺は剣を握る手にさらに力を込め、〝串刺し公〟を圧し潰そうとする。
どうやら単純な力比べじゃ、俺の方が上らしい。
〝串刺し公〟は「チッ!」と舌打ちし、
「あなたといいレティシア嬢といい……どうしてとっとと破滅してくれないのでしょうねぇ……!」
「破滅? そりゃあ無理な話だな」
ピシッ、と奴のトランプにヒビが入る。
「俺がいる限り、絶対にレティシアは不幸になんてならない。そしてレティシアがいる限り、俺は誰にも負けない」
「グ……ゥ……ッ!」
「……よくも今までレティシアを付け狙ってくれたな。今日こそ――殺す」
そう言うや、俺は剣を全力で振り抜いた。
真っ二つに斬り裂かれた後、粉々に砕け散る一枚のトランプ。
同時に〝串刺し公〟の身体にも刃が届き、肩から脇腹にかけての斬創から鮮血が飛び散る。
「ぐ――ああああああぁぁぁッッッ!!!」
「……これは、ゴロツキ共にレティシアを誘拐させた分」
冷たく言い放ち、剣を構え直す俺。
〝串刺し公〟がウィレーム公爵を監禁した部屋――つまりここには、出入り口が一つしかない。
で、当然コイツをそこへ通す気なんて俺にはサラサラないワケで。
要は逃げ場なんてないってことだ。
だから、〝串刺し公〟が選べる選択肢は二つに一つ。
俺と戦って惨めに死ぬか――
逃げようと足掻いて惨めに死ぬか――
そのどちらかだ。
「ハァ、ハァ……! クソッ……!」
傷口を押さえながら新しいトランプを取り出す〝串刺し公〟。
よかった、どうやらまだ遊んでくれるらしいな。
「……これは、ライモンドを使ってレティシアを〝呪装具〟の餌食にしようとした分」
「ぎゃあぁッ!」
二、三度ほど剣とトランプを斬り交えた俺は、今度はトランプを持つ奴の右腕へと刃を滑らせる。
悪知恵に頭を働かせるのは奴の方が得意だろうが、直接剣で斬り合うことに関しては俺の方がずっと上だ。
故に――俺は蹂躙する。
「そして……これが、レティシアの親父さんを攫った分だ」
最後、俺は〝串刺し公〟の顔目掛けて剣を振るった。
――真っ二つに割れる、道化師の仮面。
僅かに飛沫する真っ赤な血。
シルクハットも地面へと落ち――ようやく〝串刺し公〟は仮面に隠した素顔を俺の前で晒した。
「こ……の……! よくも……っ!」
「へえ、思ったより色男なんだな」
〝串刺し公〟の素顔は、端的に言って美男子だった。
金色の髪に金色の瞳、肌も色白で、顔つきは優男風。
なんだろ――なんとなく、レオニールに少し似ているだろうか?
あっちと比べるとだいぶ目つきは悪いが。
それに仮面を斬った拍子に顔面を斜めに切るような大きな傷ができて、色男が台無しになっている。
まあ、もう顔なんて関係ないだろうが。
どうせ、ここでコイツは死ぬんだから。
「……終わりだ、〝串刺し公〟」
床に片膝を突く〝串刺し公〟の首筋に、刃をあてがう。
そして剣を握る手に力を込め首を刎ねようとした、まさにその瞬間――
「待ちたまえ!」
ウィレーム公爵の声が、俺を止めた。
「え……ウィレーム公爵……?」
「殺してはならん。その者には、伝言を頼む必要がある」
「伝言……?」
「……オードラン男爵よ、すまないがこの拘束を解いてもらえるか?」
え? このタイミングで?
いやまあ、レティシアの親父さんの頼みとなれば聞くけどさ……。
渋々と俺は〝串刺し公〟の首元から剣を引き、椅子に縛られたウィレーム公爵の下へと向かう。
そしてロープを斬って彼を自由にすると、
「さて……王女の飼い犬よ、貴様には言伝を任せよう」
椅子から立ち上がり、〝串刺し公〟の下へと歩み寄っていく。
「帰って彼女に伝えろ。私は今日から、アルバン・オードラン男爵の擁護派へと回る――とな」
「……フッ、今更手の平を返すのですなぁ。あれだけヨシュアを気にかけておいて」
「ああ、私が間違っていた。オードラン男爵は〝最低最悪の男爵〟などではない」
ハッキリとした口調で言うウィレーム公爵。
彼は〝串刺し公〟を見下すような目で、
「私の娘婿を殺そうとすれば、このウィレーム・バロウを敵に回すと心得よ――これも伝えておけ」
「…………その言葉、後悔しますぞ」
「後悔など、ずっと昔からし続けているとも。我が愛娘を、マウロなどという愚か者に嫁がせた時からな……」
どこか遠い目をして言ったウィレーム公爵は「さあ行け」と僅かに首を動かす。
それを見た〝串刺し公〟は実に悔しそうな顔しながら部屋の出口へと向かい、俺たちの前から消え失せた。
「……あの、ウィレーム公爵――」
「そういうことだ。娘を頼んだぞ、婿殿」