「――は?」
血飛沫と共に崩れ落ちる護衛たち。
まさに一瞬の出来事だった。
「なんだ、ベルトーリ家の護衛って大したことないんだな」
アルバンは拭い紙を取り出し、刃の血を拭きとる。
「上手くいったわね、アルバン」
「ああ、レティシアもいい演技だったぞ。あれなら大女優になれる」
「あら、お褒め頂き光栄ですこと」
私はまだ演技を続けるかのように、余裕たっぷりに答える。
でも、内心はあまり穏やかではなかった。
――想定通り。
ここまでは想定通りなのだ。
……そう頭でわかっていても、やっぱり彼の剣技には驚かされてしまう。
太刀筋がまるで見えなかった。
気付いた時には、三人が同時に斬り捨てられていた。
――異常だ。
私はかつて、王国騎士団の台覧試合を観たことがある。
しかし、こんなに卓越した剣技を持つ騎士は一人もいなかった。
たぶん比較にもならないだろう。
これが努力の結果なのか、それとも才能の成せる技なのかはわからない。
けれど明確に言えるのは、彼の強さは底が知れないってこと。
「こ、これなに? どういうこと?」
「な……なにをしているオードラン男爵!? 気でも触れたかッ!?」
あまりに予想外の出来事だったのだろう。
マウロとニネットは激しく狼狽し、事態を飲み込めていない様子だ。
「俺は正気だ。元々レティシアを殺す気なんてないってだけさ」
「き、貴様……俺を謀ったな……!?」
「謀る? 先に彼女を陥れたのはそっちだろうが」
とても蔑んでアルバンは言う。
「お前だけは許さん。レティシアが味わった絶望を、お前も存分に味わえ」
普段の彼からは想像もできないような、冷たい眼差しと声色。
……とっても怖い。
彼は自分を”大悪党”だと嘯くけれど、私はそう思ったことはない。
私にとってのアルバンは、温かくて優しい心を持つ夫。
だけど……今この瞬間だけは違う。
彼は紛れもなく”悪”だ。
それも見る者を震え上がらせ、恐怖を植え付ける”巨悪”。
妻の私ですら、恐ろしいと感じてしまう。
「ク……ククク……!」
マウロは冷や汗を流しつつも気丈に笑う。
「まさかお前らが結託するとはなぁ! だが愚かだ!」
「そ、そうよそうよ! 落ちぶれ令嬢と男爵風情がマウロ様に歯向かって、タダで済むと思ってんの!?」
「ニネットの言う通り! これは立派な叛逆であり重罪だぞ!」
「ギャーギャーとうるさい奴らだな。そんなのわかってるよ」
「ならば――!」
「……ならば、アルバン様の立場を正当化できればよい、ですな」
――そんな言葉と共に、物陰からセーバスが現れる。
同時に、彼の背後に立つもう一人の影。
セーバスに負けず劣らず、真っ白な髪と髭を持ったお爺様。
彼は片目を眼帯で覆い、竜の紋様が描かれたマントを羽織っている。
その姿を目の当たりにしたマウロは、顔色を真っ青に染めた。
「あ……あ……あなた様は……!」
「控えよ、マウロ・ベルトーリ公爵。我が誰なのか、知らぬとは言わせぬ」
「お……王国騎士団・最高名誉騎士団長、ユーグ・ド・クラオン閣下……!」
現れた人物、それは王国騎士団の中で最も高い階級”最高名誉騎士団長”の肩書きを持つクラオン閣下だった。
彼の権力は国内でも有数。
しかも彼には王家の血が流れている。
立場的には、バロウ家やベルトーリ家よりもずっと格上だ。
「ど、ど、どうして、あなた様がこんな場所に……!?」
「いやな、我が戦友セーバスから”ぜひオードラン領へご旅行に”と招待されたのだが……」
クラオン閣下は顎髭を撫で、ツカツカとマウロに近付いていく。
「偶然も偶然、とんでもないことを聞いてしまった。よもやバロウ公爵家のご息女を”殺せ”とは……」
「公爵家の人間を殺そうとするのは、例え同じ階級の者でも重罪ですな」
クラオン閣下の言葉にさらりと言い加えるセーバス。
……凄いわね、この二人。
白々しさを隠そうともしないわ。
「ち、違います! 俺は唆されただけで……全てアルバン・オードランの謀略です!」
「ほう?」
「クラオン閣下、ここにアルバン様とやり取りしたマウロ様のお手紙が」
セーバスが懐から数枚の封筒を取り出す。
流石に準備がよすぎないかしら?
「どれどれ。むむ、ベルトーリ公爵の手紙に”レティシアを始末するなら手を貸す”という一文を、さっそく見つけてしまったぞ?」
「これはもう決まりですな」
「む、むぐぐっ……!?」
これも全部、アルバンが仕組んだこと。
自らの物的証拠は何一つ残さず、マウロから証拠になりそうな文字と言葉を的確に引き出す。
ちなみにアルバンがマウロに出した手紙には、殺害を示唆する直接的な文言を一切使っていない。
私と二人で見合わせながら、意図的に回りくどい文章に調整した。
もし見られても罪に問われることはないだろう。
それと、彼の”殺せ”という一言をクラオン閣下に聞かせたのだってワザと。
まるで誘導尋問である。
本当、なんて悪い人なのかしら。
「騎士たちよ、もう出てきてよいぞ」
クラオン閣下が言うと、物陰に潜んでいた護衛の騎士たちがゾロゾロと出てくる。
この方々を隠すためにこの倉庫を選んだのだけど、本当にバレなくてよかったわ。
でもこれ、どう考えても旅行に連れてくる人数じゃないわよね。
「オ、オードラン男爵……! 貴様、ここまで全て計画して……!」
「さあ、なんのことかな?」
「……騎士たちよ、マウロ・ベルトーリ公爵を連行せよ」
屈強な騎士たちがマウロを取り囲み、彼を連行しようとする。
――これで、全てが終わる。
私はそう思ったのだが、
「け――”決闘”だッ!」
マウロが、叫んだ。
「なに……?」
「こ、このマウロ・ベルトーリ公爵、名誉を回復するためアルバン・オードラン男爵へ決闘を申し込むッ!!!」
――思いがけない一言だった。
きっと苦し紛れに、咄嗟に出た言葉なのだろう。
だが、これは有効な手ではある。
決闘とは、名誉を貶められた者が名誉挽回のために叩き付ける挑戦状。
この場面においては、形式上有効となる。
もしこれを受けねば、アルバンは臆病者の烙印を押されることになってしまうけれど、
「……あーあ、面倒だなぁ」
アルバンは――なんとも悪っぽくニヤリと笑う。
「でも、その言葉を待ってたよ。これで正々堂々……お前をぶっ飛ばせる」